満員電車でも私たちは自分しか見えていない

この夏、8年ぶりに東京に戻って来ました。昔は満員電車も平気で通学して通勤していました。その頃は私たちは電車の中では本を読んだり、新聞を読んだりしていました。迷惑な客と言えば、iPodなどで大きな音で音楽を聴き、イヤフォンから音漏れしていた学生などで、周りのサラリーマンに注意されている光景を少し見る程度でした。

しかし、2018年に戻ってくれば、全員スマホに夢中でした。満員の階段を降りるときも常にスマホをいじり、混雑したホーム内でも自分が止まりたい場所で突然止まり、携帯の画面に夢中になっている人々がほとんどになっていました。最近、新聞を広げたり、本を読んでいる乗客を見ることは減り、ほとんどがスマホの画面に自分の顔をくっつけています。

先日、都内から少し遠出をした時に、満員電車なのにも関らず、ある若い女性が電車に乗ったらそのままドア付近で立ち止まり、スマホを眺めていました。後から乗って来た私たちの事を全く考えず、自分の都合の良い場所で立ち止まったのです。びっくりしたのと、迷惑なのとで、私たちは、電車に乗る時にその女性を奥に押しましたが、そこまで私たちは周りの人が見えないのかな、と疑問に思いました。

スマホを眺めて線路に落ちた人がいると言うニュースも少し目にしますが、私たちは、これからどのくらいスマホにコントロールされて生きて行くのか、とても興味を持っています。